2005年12月11日

エゴに終わりはない。

バファリンの半分は優しさで出来ていますよね。
私の半分は愛で出来ています。これは今、あなたにはっきりと言い切れます。あとの半分はエゴです。人間のエゴが私の半分を占めています。


愛の形が人それぞれ違うように主張してきた私ですが、たぶんそれは一番自分に言い聞かせている事なんだと思う。
他の人に訴えながら、それを自分の意見だと過信する。でも本当は自分が認めなくてはいけない事であって、それをそんな形でしか認められない…未熟な私。
人一倍愛が欲しいとは言わない、でも自分の気付かないうちに愛を貰っているとすれば凄くもったいない話。だから解りやすい愛を求めるけど、それは私の身勝手な意見であって全く相手を尊重していない。私は、そういう難しい問題に直面した時にその行為をしてしまうのだと思う。
結局は相手の愛に気付かず、後から「あの時」と言う結末に陥ります。




最近知った事と言えば、そういう自分にやっと気付けた事です。これも進歩のうちの一つだと思いませんか??


はい、もちろんこの問いかけもその行為の一つだと思います。


これではエンドレスですね。笑
いや、笑えないか。


いつもいつも、文章力のない駄文になってしまってごめんなさい。
でも読んで下さってありがとうございます。
これからも頑張って自分の生きていく上で大切だと思う事、又知った事などを掲載しようと思っています。
とにもかくにも頑張ります。
  

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2005年11月29日

知って欲しい過去。

この世の人間に、知られて欲しくない過去があってもおかしくないと思う。他人には踏み込まれたくない自分の過去。


私の場合、干渉されたくないのは自分の今までの恋愛遍歴。
すごく汚い時期もあった。だからどうでも良い他人には知られたくない。

けど、その私の汚い遍歴すらも知って欲しいと思う人が現われる。というか、私が勝手にあの人に私を知って欲しいと思っているだけの話だけど…。
内心、もし全てを知った時嫌われたら嫌だなと思っている。でももしその人が私の全てを知って、それでも私を好きだと言ってくれたら、それはそれはとても幸せな事だと思う。

自分の辛く苦い経験も、悪くはなかったって思えると思う。



今はまだ全て話す機会も雰囲気もないけど、聞かれれば全て話すつもり。でもまだ勇気がちょっぴり足らない気もする。


話した時、自分の情けなさにまた涙してしまうかもしれないけど、その時は優しく笑っていて欲しい。



私は難しい女なのかな??
  

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2005年11月19日

血液型。

「何型?」って血液型を聞かれた時、正直困る。
私は生まれた時から一度も血液型を調べた事がなくて、事故か何かにあった時分かるだろうみたいなノリでいるから今更わざわざ調べようとも思わない。

けど、知らないと少々落ち度がある。小学校の頃に占いとかがやたら流行って、中には当然のように「血液型占い」って言うのもあって…、友達は「私A型!!」とか「私はBだよ」とか可愛げに騒いで占いの本を読んでいた。血液型のわからない私は根拠もなしにO型の占い結果ばかり見ていた。その理由は親(とくに母親)が「春菜は大雑把だからきっとO型ね」などと吐かしていたからだろう。でもそのおかげで「たぶん私O型!!」って言って友達の輪に入る事ができたのは確かだった。

中学生になって、占いなんか信じなくなった。血液型占いなんて言うものも私達の間では廃れていった。否、もしかしたら友達は家でこっそり雑誌かなんかで読んでいたかもしれない。好きな人との相性占いみたいなのも当時あったし…(今もあるのかな?)そんな中血液型を知らない私は相性占いなんて出来る筈もないから「私、占いなんて興味ないから」と、感じ悪い生意気な中学生だった。実際、興味がなかったのもあったと思うけど、きっと中に入れないだろうと心のどこかで感じていたからかもしれない。
血液型占いや星占いは100%当たると思ってない、でも良い事が書かれていると嬉しくなる。それが人間の心理ってものだと思う。誰だって「〇〇座のあなたごめんなさい、最下位です」なんて言われたら嬉しくないと思う。だから占いは毎日見ないし、信じてない。でも助言は信じてるし、毎月買うファッション誌の占いには目を通す。あれ、これって世に言う“矛盾”かなぁ?でもその雑誌の占いは何だか当たっているから信じてる。良い事も悪い事も。


血液の話から随分とそれたけど、私は中学の頃、よく友達から「春菜ってO型でしょ〜?」みたいな事を言われ続けていた。どういう根拠で言うのかわからないけど、親の血筋から言うとO型かB型なのだ。だから「そうかもしれなぁい」と適当に答えていた。(この“適当”は、良く問題に出てくる“適当”の意味と同じ。)だって自分すら血液型を知らないのに「違うよ!!」とか言えないし。

でも高校になってからは「O型だな〜」だの「B型に見える」だの、しまいには「AB型に見える」まで言われた。でも誰一人私を「春菜はA型に見える」と言う人はいない。きっと世に通じるA型(几帳面)に見えないからだと思う。

でも私にだってこだわり位ある!!筆箱の中のペンの向きが揃ってない事に気付いたら、ちゃんと全部だして、向きを揃える。友達にペンを返された時、その子の見ていないとこで向きを揃え直しちゃったりする。
あと地元のスーパーに立ち寄った時、商品の陳列って言うか、向きとかが逆さになってたら店員でもないのに揃え直しちゃう。
こだわりって言ってもこの程度だけど。そういう所だけは「私ってもしかしたらA型なんじゃないかな?」って思う。余談だけど私は捨て子なんじゃないかなって本気で考えていた時期があった。私の顔は家族や親戚の誰にも似てないし、「血液型を調べたい」って親に言うと「知ってどうするの?」って切り替えされた。なかなか血液を調べさせてくれない親に不安を抱いていたけど、ある日「そんなに知りたいなら血液調べに行く?」って言われた。「うん!!」と返事をしたら「A型だったらどうする?」みたいに言われて「やっぱり面倒くさいから調べなくていい」って話してそこで終らせた。調べる気が失せた。正直真相を知るのが怖かった。「15歳になったら本人は戸籍を見る権利がある」と思い込んでそれまで待とうと思った。そして戸籍を見た時に「養女」と書かれていてもショックを受けない位強くなろうと思った。…そんな去年の夏、ある事情で戸籍を手に入れた。見てみると、私の戸籍は福岡にあり、そこには「長女」と書かれていた。長々と悩んだ甲斐なく散った。…長い余談ですいませんでした。


そうなんです!!つまり私はA型ではない!!ついでにAB型でもない!!残るはOかB…。

それからと言うと、とりあえず友達には「O型かB型のどっちかだよ!!」って胸張って言ってます。
  

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2005年11月18日

微分。

私はいつも明確な目標を作ろうとしない。

やりたい事があっても、具体的に〇〇したいとかはないし、ただそのやりたい事をやるのが好き。「よし、〇〇出来るまで頑張ろう!!」とか考えても結局は簡単な道へと体は勝手に動いてしまっていつもその道から抜け出せない。抜け出そうともしていないけど。
時計の針が12時を回る頃はいつもこんなネガティブな私が存在している。10時位に就寝すればそんな考えをせずに楽に眠れるけど、それ以降は暖かいコーヒー、ココア、お茶を飲まないと気持ちが落ち着かない…。


私はピアノを現に習っている。実際はもう習い初めてから13年位の月日が経っている。でも私はレッスンの当日位にしか練習をせず、常に初見状態。そんな失礼な演奏を先生の前で弾き、良く叱られている。でも私は1回も叱られて泣いた事はない。それはたぶん私が単に負けず嫌いだからだと思う。
私は「ピアノでこの曲が思い通りに弾けたらなぁ」と考える。でもその割には自分のイメージの極限に近付く努力をしていない。


以前、努力をしない人は嫌いみたいな言い方を誰かにした気がする。でも良く考えると努力している人ってすごいキラキラして見える。


私も綺麗な目になりたい。極限に近付けるだけの根性はあると思う。
  

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2005年10月29日

言葉。

最近はあまり人に相談されなくなった。

というのも、以前(10月前後)は色んな人が泣いていて、悩んでて…。
たまたま近くにいた私が、たまたま異変に気付いた私が、でしゃばって話を聞いていただけの話だけど。


いつも見せない顏を見せるっていう事は何かあるって事だと思う。
だから私は気になる。
気にしないでって言われても多少は気になる。


そんな事が9月や10月はいっぱいあったな~。でももう10月も終わる頃になると、皆抱えてた悩みも無くなったのかケロっとした顏で過ごしている(実際はどうなのか知らないけど…)。


そんな時は素敵な言葉を発する人のそばにいたい。(そんな時っていうのは、誰にも話とか聞かずに自分の事に集中できる時間があるときのこと)素敵な言葉…自分では着飾った言葉しか見当たらないから、適した時にカッコイイ事をさらって言ってくれるような友達が欲しい。別に友達じゃなくても先生でも良い。心にしみる、染み付いて取れないくらいカッコイイ言葉。


ん~、理想が高すぎる自分が情けない。…少しくらい高くてもいいのかな??


日々言葉を知って、それを実際に使って、広めて。

もっとたくさんの言葉をしりたい。それでまたいつか相談された時に素敵な言葉を使って、人の励みになったら嬉しいな。
結局は他人から貰った言葉だけど、私も誰かにその言葉をあげたい。


詩人みたいにカッコヨクなれないのは知ってるけど、それでもカッコつけて生きたい。
今はそうじゃないとやってられないのです。

私の悩みも存在するとしたら、素敵な言葉をたくさん持っている人に相談するだろう。
だから、皆も私が言葉を得るまで一人で頑張っていてね。  

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2005年10月16日

雨。

私は結構打たれ強い。




皆がのたれ死ぬのを黙って見過ごす事がないように、必死で辺りを見回す。
おせっかいって思われても別に良い。訳も分からない人に恨まれたって構わない
そんな更事に動じる肝じゃない、と言うよりも、そんな人の言動に怖じ気付いてる時間がないんだ。

私のやらなきゃいけない事はいっぱいある。
一つ終らせても、次々と仕事が増える。やまない仕事が私の奥にある誠意を叩き起こそうと努めてる。その命に応えなきゃ。


手が足りないなら私は人に手を貸すだろうし、説明を私に分かるようにしてくれれば失敗を犯すような事はしないだろう。




そうやって、いっぱいいっぱいの人を助けるのが心地よい時もある。


自分の為に必要とする仕事があってもすぐ片付けない理由の答えは意外と簡単で、ただ単に自由になるのが嫌だからなんだと思う。
誰にも抑制されずに生きていたら、人生を歩む中での欲がなくなる気がする。

自由に生きるからこそ、常に欲が満たされる状態が続いて、それでもなお自分の欲を探し…結局は欲が無くなって人生の味を知らずに絶えていきそう…。


そんな一生は恐ろしくて考えたくない。




今はとりあえず誰かの欲を果たそうと努めるのが日課になりそう。

でもこれは本望に値するからあまり気は悪くないかな。
  

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2005年09月03日

すごろく。

何もかもを忘れたふりをして、へらへらと生きている弱くてもろい生き物。それが私という人物だった。


私の能は嫌な記憶を消してはくれない。だからいつも忘れたふりをしなきゃいけないんだ。それでも能はしっかり認知していて、忘れようとする度にしつこく頭から離れない。


あなたが何を考えてるとか、今何をしているとかどうでも良いんだ。とにかく私に宿る記憶が綺麗に消えてくれれば…。私はそれだけで何かが満たされる。



悲しい目で私の哀れな成長を見ても良いけど、その場所で待ってて欲しい。自力で立ち上がらなきゃ意味がないから、あなたの手を借りないように生きれるまで待っていて欲しい。


私が色々と面倒な人間だって事は百も承知。だからこうしてまた学校が始まってもまだ不安でならない。
この夏休みで自分という存在の在り方を忘れてしまったから。
人は日々成長すると言うけど、私の場合はどうなんだろうか。


教室から見える銀杏の木は確実に1マスずつ進んでいる。
それなのに私はいつも結果が怖くてサイコロを振れない。
  

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2005年08月12日

今更。

一度、嘘をついてしまうともう引き返せなくなる。
謝るタイミングをのがして、ずっと嘘をつき続けてしまう。

このまま嘘を貫き通すか…。
今更ながら謝るか…。

今でも内に秘めている事はある。

本当に誰にも言ってないし、もちろん言えるはずが無い。


本当の自分ってなんだろうって考えてるうちに段々悲しくなって、もどかしくなった。

本当はこうでありたい。っていつも思うのに、実際の行動にも踏み出せない。
口では、なんとでも偉そうにベラベラ人をなだめるくせに、自分のことになると人一倍臆病になる。
そういう人は意外といると思うけど、でもそんな事いまさら聞けないし。


もっと頭が良くなりたい。賢くなりたい。でも勉強するのは嫌。
自分はコンプレックスの塊である事は解かっている。それだけは自分にも自覚できるほどある。頭が悪いって自分でも思ってて。クラスでもそういうキャラで通そうと思って過ごしていた。

でも本当は馬鹿にされるのは嫌。本当に自分が馬鹿だったらどうしようって思っている。

しかもこの気温。



もう、何もかもがむしゃらにする勇気も持てない自分が情けない。  

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2005年08月05日

昔日記。四

久しぶりに昔日記復活。


幼稚園〜小学2年の時、当時隣りに住んでいたYちゃん。私はどうも表面上でしか仲良く出来なかった。

自分の都合の悪い事はさっさと忘れてしまう性格だったので、詳しくは覚えていないけど、つねられたり、傘を壊されたり…それはもう色々大変でした。
おかげで良く泣いていた。

それでも私はYちゃんと一緒にいました。


そんなある日の事、一緒にエレベーターに乗るとYちゃんはトイレが近いのか「漏れそう…」と言いました。
私は【もし私の家の前で漏らしたら嫌だな〜】と考え(たぶん)、5階で降りなくてはいけないのに、わざと4階で降ろさせました。


すると案の定、Yちゃんは私の家の真下で我慢できなくなり…

ざまぁ見ろと思いました。
もちろんおばちゃんにも「Yちゃんおもらしたよ!」とわざわざ告げ口。


小学生にしては見事な復讐劇だったと思います。
  

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2005年06月12日

鏡。

何か、最近苦手な人間が出てきた。
その人のやる動作、行動、言動がいちいち勘に触る。
でも最近その理由がわかった。

その人の動作、行動、言動は私に似ているのだ、自分を鏡でうつしたように見えて、しかも嫌なところが丸出し。そんな自分に嫌気がさしたんだ。
きっとその人は私が更生するきっかけとなる人物なんだ。だから、私は嫌とか嫌いとか言ってないで、まず自分を見直してそれからまたその人を見ようと思う。
もしかしたらその人が大好きになるかもしれない。
そんな時は、更生できた自分を改めて見つめなおそうと思う。  

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2005年05月21日

昔日記。参

5月ももう終盤。環境にも慣れ、生活リズムをつかめた今日この頃。

あれは幼稚園の夏の時期だな~。
例のMちゃんと一緒に幼稚園のプールの時間(?)にどれだけ長くもぐれるかってやってた。
何故か私の方が長くもぐれて、それがすごい嬉しかった。

あんまりにも嬉しかったから、大好きなC先生に「ぁたしすごい潜れるんだよ」的なことを言って、先生にその技を見せた。

息も尽きて上がろうとしたら…ん?
上がれない!
あろう事にもそのC先生、私の頭を押さえたのだ。
ブクブクと、尽きたはずの息が私の口から出てきて、無論必死でもがいた。
でも上がれない。
先生はそのあとすぐ起こしてくれたけど、少し、いやだいぶ先生が恐くなった。
あの悪魔め。
きっと腹の底では「たったの10秒程度じゃない、ばかみたい。」と心の中で笑っていたのだろう…。あぁ、恐い。
でも私はC先生を嫌いにはならなかった。なんでだろう…  

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2005年05月12日

付けが廻る。

今までの付けが廻ってきた。

あたしはこの付けに対して、泣いたり、騒ぎ立てたりせずにじっくり待とうと思う。何をやっても上手くいかないこの頃だけど、この先にはきっと良い事がありそうってそうやって前向きに考える事でこの状況はだいぶマシになる。

付けの利子まで全部払って綺麗にしたい。過去を忘れるつもりはないけど、それでも心のどこかで安心できる事を留めておきたい。そのためにも今は付けを払うのが良いんだと思う。

今、また、少し気持ちが不安定だけど、それでもちゃんといつでも前向きな考えがしたくて、っていうか前向きに考えなきゃって思う自分がいる。それに反して後ろ向きな自分もいるけど、プラスマイナスで0になればそれはそれで良いと思う。

実際考えてみればこの付けは当たり前の日常なのかもしれない。こういう平凡なのが幸せなのかもしれない。付けの利子がどうなってるかまだわからないけど、この先、良い事があるんだって心に言い聞かせながらいつも3階の教室から、まだ青い銀杏の葉の成長とともに見届けるんだ。  

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2005年05月07日

昔日記。弐

どうも連休続きで体が鈍ってきています。笑

少し、また昔の忘れられない思い出…1つしますね。


私は未だにⅠ先生が嫌いだ。
これは幼稚園の年中の頃の話。
体育のⅠ先生が心の底から嫌いだった。
何でかって?
私だけに何故か「はなく○」とか「う○こ」ってずっと言ってくるんです。
逃げても逃げても追いかけてきたり、Ⅰ先生は所構わず私に言ってくる。
それが嫌で嫌で。鉄棒の時とか、私が出来ないからってかなり馬鹿にしてた。
自分の大好きなC先生に泣きついて子供ながらに訴えたけど、何にも変わらなかった。
そのC先生も微笑んでたし。今考えるとそのC先生も酷い。
とにかくⅠ先生が嫌いだった。もうどうにもならない位嫌いだった。
すれ違ったりするのも嫌だった。
何で私だけなのかも、あの小さな頭では全然わからないしとにかく恐かった。

私はついに園長先生に言いに行った。
園長先生はとても優しい人で好きだった。M先生っていう先生もやさしくて好きだった。
でもⅠ先生だけは好きになれなかった。

次の年、体育の先生が変わった。前より全然よかった。当然体育の先生は2人もいらない。
そう、Ⅰ先生はいなくなった。
気持ちが晴れ、年長になったのだ。



この話は、親には黙っている。あの頃も言わなかったし、今も言ってない。もちろんずっと後にも言わないつもりだ。
幼稚園の頃から嫌な思い出しか覚えてない。
私って結構切ない…?笑  

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2005年05月03日

昔日記。壱

Mちゃん「はるちゃん、ぁたしのお兄ちゃん今18歳なんだよ~」
私「え、すご~い。」
Mちゃんのお兄ちゃんはMちゃんとすごい歳が離れている。だからMちゃんはよくお兄ちゃんから乱暴な言葉使いがうつってしまった。
Mちゃんと一緒にいた私にも当然ながら影響し、言葉が乱暴になった。


幼稚園。たぶんあれは年長かな。私が幼いときに体験した、今でも忘れられない思い出。
そんな話題を1つ。

私が年長の時に、私とMちゃんは年少の子(所謂後輩)A君が気に食わなかった。
おもちゃ振り回したり、それはそれですごい大変な男の子。そんな子が嫌いだった。

ある日のこと。
私とMちゃんは先生と大縄で遊んでいた。仲良くむつまじく。
そんな時A君登場。普段私たちにすごい色々言ってくるくせに先生の前で
「僕も一緒にいれて~」
当然ながら日頃の恨みもあって「は?やだ、いれてやんないよ~。」
って私は言った。Mちゃんは何て言うのかなって内心ドキドキしてた。すると、
「何でそんな事言うの?怒」ここで一緒に遊んでくれた先生が渇。
そんな~、こいつ最悪なのに。って思ってたら
「いいよ~一緒に遊ぼう。」Mちゃんが微笑みながらA君に…。
何かどうしたら良いのかわからなかった私。
先生にまで怒られて、Mちゃんにも裏切られて、A君とは遊ばなきゃいけない。
一気に脳味噌かき混ぜられた感じ。

今思うと結構ディープな人生送ってたのかもしれない…ワラ


そんな昔日記。衝撃的な事は今でも繊細に覚えてる。
嫌な記憶ならなおさら繊細に。
1人で思い出すのも嫌だから、たまにこうやって書きますワラ  

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2005年05月01日

17歳。

5月になりましたね、とうとう。

私は先月に17歳になりました。16歳とは何か違う感じがします。
まだ大人になりきれてない、中途ハンパな感じ。
だから、私はその中途ハンパな歳で中途ハンパな気持ちのまま終わらせたくないと思う。
切れの悪いと言ってはいけない気がするけど、17というこの歳にも、きっと何かが隠れている。何かを知るんだと思う。


とりあえず16の頃の話を…。
他人の感情は100%理解出来ないことを初めて知ったのは、16だった。
それまでは平気で分かった様な顔をしてた。
実際、人の相談を受けても、ただ単に自身の範囲だけで全て聞いていたし。
すぐ人に同情したり…とにかくそんな事ばっかりしてた。
表向きは良いかもしれないけど、たぶん内心ではそこまで深く考えてない。それもそれで酷な話だと思う。
今はただ全てを理解してその人になったつもりで聞くのではなく、客観的に見てどう思うかを応えてあげるのが良いのかも。
人の感情はその人の主観的感情が強くなっちゃうでしょ?だからあえて客観的に見るとこうなんじゃない。とか冷静に考えられる人になろうと思う。
なんだかんだ言って、争いは嫌いだし。もめたくない。それに酷い言い方かもしれないけど…巻き込まれたくないし。
でもそんな冷血人間にもきっといつかちゃんとした血が流れると思う。笑


とにかく。今、知らないこと。欲は出さずに1つでも良い。何でも良いから知りたい。
1つでも確かな答が見つかればそれで私は安心する。
そんな17歳を終えられるようにしたい。  

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2005年04月24日

今日から始まる。

今日から始める、このブログ。
今までの日記はまぁ思い出として残しておきました。

私は今高校2年で、バンドも組んでて塾にも行ってます。ちなみに馬鹿です。
最近、人とケンカ(口論)しなくなりました。
小学校の頃、いや、幼稚園の頃から口が悪くて幼稚園の先生にも怒られるほどだったんですが、今はもう結構丸くなってきました。その証拠が今にあるんだと思います。
人って時間が経つと変わるものなんだな。
今まではそんな事思ってなかった。
人は変わらない。
環境によって人は変わるんだって最近になってから気付いた。
私は良く考える。考えてないように見えたらそれは間違い。
私は良く考える人です。自分で言うのもへんだけど。

中学の頃は何もなくても夜、寝る前に少し泣いてた。
今思うと、それはただ泣いてただけじゃなくて、頭のどこかにある不安とかが色々溢れすぎて、それが涙に変わったんだと思う。

それに比べて最近は泣かなくなった。だから自身が強くなったのかと思ってた。
でもたぶん強くなったんじゃなくて、心が敏感じゃなくなったんだと思う。

それっていい事なんだか悪い事なんだか良くわからないけど、とりあえず今はいい事として受け止めようと思う。

どんな時でも前向きに考えるのが1番気が楽だから…  

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